2013/01/17

1.17

 
 
阪神大震災から18年だって。
 
震災の恐ろしさとか被害のことは多くの人の記憶に新しいと思う。
 
 
阪神大震災が発生した時のこと。
 
私は地元舞鶴で爆睡していた。
のに、電気の紐がカタカタいいだして
 
めちゃくちゃ揺れた。
 
幼いながらに、これはマズイんちゃうかと思った。
 
姉ちゃん以外は起きて気づいた。
 
 
たいした被害はなくて、
「怖かったなぁ~」
で我が家が終わったけど
兵庫県西宮市に住む叔母ちゃんのことが気がかりになった。
 
地震は明け方やったから
朝になってから電話をかけた。
 
「出ぇへんから、何事も無く寝てんねやろなー」
 
 
と、ほっとしたのが大間違い
 
 
出ないじゃなく繋がってなかったんやろう。
 
 
そうです
叔母ちゃんの住んでた西宮市も被災地となってたのです。
 
 
幸いなことに
叔母ちゃんの住んでたマンションは比較的新しかったために
壁の至るところにヒビが入るぐらいで済んだけど
 
水は完全に出ない。
 
震災があってからしばらく
家族で援助に行ってたことを思い出す。
 
町中至るところがブルーシートで覆われてた。
 
 
水は近くまでもらいにいかなきゃいけない。
 
ハッキリ覚えてるのはそれぐらい。
 
 
仮設住宅という言葉を初めて知ったのも当時だった。
 
その時は
この先、元通りになることなんてあるの?
 
としか思えなかった。
 
 
実際、震災で全ての歯車が狂ってしまった方々もまだいると思う。
 
街並みこそ戻ったに近しいかもしれないけど
癒えないものや恐怖もあると思う。
 
 
いまは同じ街に住みながら震災を知らない人が半数近くになっているらしい。
 
 
時は経つのだね。
 
 
戦争もそうだ
 
知っている人が忘れないこと
ツタエルことを
絶やさないこと
 
 
改めてそう思った
 
 
いま叔母ちゃんは随分歳はとったものの
元気でよく笑う。